案内板の前に、Aさんを残して、ここから私は猛然と走り出す。
喫茶・土産売り場兼案内所風の館内に入って、
ようやく探し当てた登園の係員にヤマブキの所在を尋ねる。
口頭ではそのエリアが分からないので、
その係員に付き添ってもらってヤマブキエリアまで小走りに。
焦りが募る。間に合うか。
幸い案内板からはそう遠くない、小高い丘を下った崖際にヤマブキは静かに咲いていた。

思ったより小さな花だった。
かわいらしい花だった。
「ありましたよ!」
せわしく息を継ぎながら、今度は、Aさんの車イスを押しながらのダッシュだ。
Aさん頼むぞ、車椅子から落ちないでね!
ここでAさんを落とすようなことがあったら、私の即日解雇は決定的だ。
私とAさんの猛ダッシュは、傍から見ると、かなりの滑稽さを放っていただろう。
無事到着。
「これがヤマブキか。想像通りきれいな花じゃな。」
Aさんは感慨深げにヤマブキに視線を注いだ後、その花を手で触って愛でている。
喧騒が嘘のように。
時間が止まったような人生の凪。
降りそそぐ春の午後の陽光と、
車椅子を押すおっさんとおじいさんと、オレンジ色のヤマブキの花。
Aさんは、
花をひとつポチンと摘み取りポケットに入れて、
私に向かっていたずらっ子のように、ニコと微笑んだ。
-完- 


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