BILA KU INGAT   忘れ残りのインドネシア

おとっつあんの忘れ残りの記
月別アーカイブ  [ 2012年10月 ] 

中学生体験学習

地元の中学校から6名の若者が、一日体験学習にやってきた。
聞けば「総合」の授業の一環とのこと。
知的障害者の通所施設に、足を踏み入れるのも初めてといえるだろう。
当施設の利用者と終日活動を共にし、元気なあいさつを残して夕刻帰った。

ゲーム(借り物競争、魚釣り等)、屋外での歩行訓練、作業(造花)、清掃…。
中学生諸君は1年生で、幼さと素直さを多分に残した田舎の少年少女といった感じだ。

あちこちから上がる大声、奇声。急にドタバタと走り出す人。
ヘッドギアを着けている人。半身麻痺で、四六時中職員に手でその身体を補助されている人。
さっと近づいてきては、もごもごと何かを懸命に語りかけてくる人。
ずっと両耳を押さえ手いる人…。うーんうーんとうなっている人。自分の親よりはるかに年上の人。

そのような作業室に入った当初は無論困惑の表情もある。

だが私の予想に反して、彼らは、当施設の利用者<知的障害者(半数は自閉症)>に対して、
構えることなく自然の心で接しようとしていた。

汚れの少ない純な魂が、人間という存在を、バイアスなしに受け入れられるからだろうか。
知的障害者の方々の持つ無垢な心と、若い彼らの豊かで繊細な感受性とが共鳴するからか。

いずれにせよ、若いうちに障害者と直に触れ合う機会をもつことは大切だと思う。
無知(未体験)が偏見を助長することもある。
また逆に、直接関わるいっときの交流が、生涯の「障害者観」の礎になることもある。
言葉を交わしたり、手をつないだり、一度でも接した経験というのは大きい。
同じ活動を通じて、喜怒哀楽を共有する体験は言うまでもない。

その中に人懐こいなかなかに社交的な男子がおり、何度か作業や歩行時に四方山話をした。
卓球部に所属し、この後、帰ったら部活があるとのこと。読書も嫌いではないらしい。
利用者のトイレ介助等のばたばたした時間帯、
彼らの帰り際に話す機会がなかったので、
私はかの卓球部員君に、こう記したメモを渡して、さよならをした。

「いつか機会があったらぜひ読んでね。

中学生が書いた本です。

自閉症の僕が跳びはねる理由』 東田直樹著。2012.10.31」

       
    



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