BILA KU INGAT   忘れ残りのインドネシア

おとっつあんの忘れ残りの記
月別アーカイブ  [ 2006年05月 ] 

スプノーさん

我が家の初代運転手はスプノーさんである。赴任直後に使用人採用面接(内定済み)で胸どきどきの初対面となった。

まず「使用人」というこの国のシステム自体が不案内である。赴任前から抱いていた多くの不安要素の一つだった。インドネシア人と接することはもちろん、インドネシア語を話すこともままならぬうちに、一家の主としてインドネシア人を使用人として雇うのだ。

当地で外国人が生活するには使用人の存在は不可欠である。(この意味はあとからわかってくるが、赴任前は、一つ屋根の下でインドネシア人と暮らすなど煩わしいのではと思っていた)

私が案内されたのは、「鋭い眼光、ややちぢれた黒の短髪、齢(よわい)38にしては引き締まった体、ちょび髭もどきもチョイ悪のイメージアップに貢献している…」そんな男の前だった。「この人でなかってほしい」とこっそり祈ったほどだ。さすがの私も彼の雰囲気にちょっぴり威圧された。果たして、彼こそ我が家の初代運転手スプノーさんだった…。

一方で勤務先の諸先輩(ジャカルタ在住の日本人)が、私たち新赴任者の生活全般にわたって、懸命の受け入れ態勢をしいてくれていた。情勢不安の当時のジャカルタで、安全の確保を第一として、仕事面は当然、衣食住・金融・自家用車・子女の教育・使用人・健康管理・医療・買い物等、あらゆる面でサポートしてくださった。インドネシアで生活するための「いろは」を一つずつ教えていただいた。右も左もわからない赴任当初は「迷える子羊」と同じで、先達の指導や助言、援助がないと生きていけない。


 
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