BILA KU INGAT   忘れ残りのインドネシア

おとっつあんの忘れ残りの記

夜勤炎上

昨日の夜勤ではフラフラになる。

利用者のAさんに午後から嘔吐が見られ、その対処に追われる。
ノロではないと思うが、気にはかかる。
夜勤は、だいたい職員3名で50名弱の利用者の支援に当たる。

わずかに3人って!最初はそれは無理と思った。極力、夜勤のない仕事を探したのだが、失業期間が徒に延びるのも忍びなく、ここに決めたのだった。そんな僕でも、老体に鞭打ち、夜勤をなんとかこなしながら、この施設でもうすぐ7か月がくる。働き始めの頃を思うと、半年をクリアできるなぞ、ちいさな奇跡ともいえる。

良識のカケラもない御仁がどこの世界にもいるもので、昨夜チームを組んだこの職場では古株の部類になるB氏は、おそらく僕と同世代だろうが、人の足を引っ張ることと自分を偉く見せ先輩風を吹かせること、ゴマをすり自分が施設長に気に入られることの3つを通常業務の優先事項としているチンケな野郎なのだが、施設長がいない所では、まったく仕事をしないので、戦力にもならず、余計に疲れた。

深夜に2.5hほど所定の休憩タイムがあるが、相談支援業務の事務処理が溜まっていたので、誰もいない別室にて、一心不乱にPCに向かう。夜勤、遅出、早出の変則勤務と入浴支援もあり、「日勤」の時に、グワッツと馬車馬のごとく処理する業務がシフトの都合上できない時は、こうして夜勤の休み時間や空き時間をあてがうしかない。

平素自己都合では、絶対に残業はしないと決めているからだ。この時間を捻出するために、日付が変わる前までに、1,2F男女トイレを怒涛のごとく8か所掃除したのだ。腰痛っ。一気に8か所はさすがにおっさん的にはきついので、いつもは2回に分けて夜と朝に掃除するのだが、今回は仕方がない。

そうこうするうちに交代制の待機時間がくるので、PC作業の手を止め、居室棟のスタッフルームに向かう。21:00-23:00,03:00-04:00が、今日の僕の担当だ。Aさんの検温やバイタルチェックを定期的にチェックしながら、アイスノンと冷えピタを替え、他の利用者からのコールに対応し、汚物処理をする。

「障害者支援施設」である当施設であるが、現状、居室で行うオシメ交換や排泄介助はなく、ポータブルトイレもない。車イスへの移乗はあっても、基本自力でトイレに行き用を済ませる。このあたりは介護老人保健施設や特別養護老人ホーム等の高齢者施設とは趣を異にする。「介助」的には負担はかなり小さい。

この点、介護の経験や資格の有無を求人の募集要件に課していない点にも表れているが、語弊を恐れずに言うなら誰にでもできる仕事ともいえる。55-60歳前後の方も「生活支援員」として働いており、夜勤等の変則勤務を担っている。

にしても、早朝の外気のこの冷たさよ、この時ばかりは目が覚める。そろそろHさんがトイレからコールするだろうから、移乗して着替えだなと想像しながら、ゴミ捨て場を後にする。

そうこうするうちに、朝の点呼、検食、配膳下膳となるが、僕のフォローをすべき、上司へのチクリ密告のスペシャリストであるB氏が食堂になかなか来ない。夜勤のもう一人は06:45上がりでもう帰ったし、06:00出勤の早出の女性職員は、おそらく女性利用者の離床介助かトイレ介助かで見当たらないし。猛然と一人で業務をこなしながら、「なんて日だ!」と心で叫んでみる。

食堂の片づけをほぼ一人で済ませ、この場で行う通所の利用者も交えた利用者朝礼の司会をして、ラジオ体操の館内放送を始める頃には、ようやく夜勤明けという光明が見えてくる。

施設長が姿を現すこの時くらいから、Bという名のゴマすり野郎の陰鬱で邪悪な目が輝き始める。

そんなことより、君、仕事をしたまえと思いながら、30人以上の職員を前に、今度は事務所で朝礼の司会をし、昨晩の夜勤報告をする。

ほとんど頭と呂律は回らないが、ここでもクールでエレガントな司会をさらっとやってのける僕なのだった。





スポンサーサイト



往年のゴールキーパー

ちょうど去年の今頃は知的障害者通所更生施設で働いていた。
自閉症の方々と、里山を、とにかく歩いていたのを懐かしく思う。

それから(糞尿地獄で毎日滂沱のごとく清らかな涙を流していた?
介護老人保健施設を経て、

       
       ※糞尿地獄⇒ おすすめ ※じごくのそうべい  

いまは障害者支援施設である…。

当施設の利用者は、身体障害者である。
身体障害者手帳をもち、市から障害程度区分の認定を受け、
当施設の生活介護や施設入所支援等の障害福祉サービスを受けている。
無論、療育手帳(知的障害)も併有している方もいる。

就労継続支援B型の施設も併設されているので、
通所の方を含め、利用者のほぼ全員が、
日中は、
作業(印刷科、表装科、軽作業科、レザークラフト科、ベーカリー科)をし、
幾ばくかの工賃を得る。

僕は現在のところ、作業科には配属されておらず、
  (ボスの方針なき気まぐれで職員の異動が甚だしい現状があり、
   この点、自分のことでなくても、いつも疑問を感じている)
主に相談支援業務のフォローをしているので、
  (といってもほとんど戦力にもなっていないのだが
利用者と接する機会は他の職員ほど多くはないと思う。

反面、今までほとんど知り得なかった精神障害者の方々と
接する機会を得られたのは、
この相談支援業務に接することのできた恩恵だと思う。

直接利用者と対峙する場面は、月に数回ある夜勤や遅出、入浴支援の折が中心だ。

先般の入浴支援の折、
Sさんの洗身をしながら何気にサッカーの話題を出したら、

「カワグチ」が好きだと言う。カワグチ…? もしかして。

果たしてそれは「カワグチヨシカツ」だった。

僕と同世代の彼は、まだ身体が動いていた青春時代に、
サッカーが好きで、高校時代にキーパーをしていたという。

いまはヘッドギアをつけ、歩行器を押しながら移動する彼、

ゴールキーパーとしてサッカーに情熱を燃やしたその姿がシンクロする…

僕も彼と同じ時代を生きてきたのだな。

あたりまえのことを、なんだかうれしく思った。


正義はないのか

この会社に正義はないのか。

ええ加減むかっ腹が立ってきた。

ボス(いわゆる施設長)の歓心を買うのに
必死こいている”悦び組”のような職員の多いこと。(実際女性もいるのだが)

そういう不埒な輩に限って、
非正規職員(僕も含む)や新入りに対し、
横柄な態度でくるものだから(少なくともそう感じられるシーンも多い)、
ふざけんなと言いたくなるのだ。

そんな、虎の威を借る狐のごとき奴らに限って、
仕事の腕はなまくらだし、無駄な残業ばかりだし、ボスに媚を売りのに忙しい。

そういう不埒な輩をはびこらせている元凶は、そのボスなのだが
(気に入った者しか重用せず、公正な人事評価など見たことない!権力の濫用は言うに及ばず)。

それに尻尾を振ってばかりの、面従腹背の、ちんけな奴らよ、
お前ら、プライドはないのか。

官民、職種を問わず、種々の組織を渡ってきた僕だが、

こんな組織が実在しているのには心底驚く。


おのれら、マンガか!




例えるなら、髀肉の嘆。

仕事における現在の心境を語るなら、

まさしく【髀肉の嘆】といったところだ。

うーん、にしても、することがなさ過ぎて、死にそうだ。

雌伏の対義語は多分、

雄飛だったと思うが、

気力があるうちに、春に向けて何とかせねばと思う。

如何ともしがたい心に去来するこのニヒルを、

封じ込められようか。

そんなことを思いながら、

今夜も、シロ吉に腕枕をしながら、

その体重に、筋肉痛になりながら、

冴えないおとっあんは眠りに就くのである。


ミスターローレンス

クリスマスイブの日、
居室棟の廊下ですれ違った利用者に「メリークリスマス!」と言われたので、

僕が「メリークリスマス!ミスターローレンス!」と返すと、

なぜかよくわからないが、彼は大いに受けたようで、
笑いを引きずりながら、
「ミスターローレンス❓」「ミスターローレンスx3」と呟きながら、
車いすでスコスコと去って行った。

その後廊下で会う度に、
このミスターローレンスの件を3回くらい繰り返したのだった。

彼は僕と同世代で、
脳血管障害の後遺症か何かで、半身の軽い麻痺が残っているようだが、
当施設(障がい者支援施設)随一のユーモアあふれるムードメーカー的存在だ。

うん、たしかに、
いかなる境遇にあっても、ユーモアは、何かの突破口になりうる。

先日、気分転換も兼ね図書館に行く。

事前にネットで検索してみると、
ようやく西村賢太の新作と
読みたいリストに入れていたルポが「貸出可」となっていたので。

羽生の頭脳』/羽生善治(ヘボ将棋の気休めに。でも僕には高度すぎる内容。)

ルポ虐待』/杉山春(-大阪二児置き去り死事件-を採り上げた渾身のルポ。)

歪んだ忌日』/西村賢太
(うーん、確かにこの醜悪さと自意識は笑えると、最近思う)

帰り道、駐車場に続く上り階段の手前に、捨て猫が3匹じゃれあっていた。

猫ちゃんたち、よいお年を!




次の一手をどうするか

8月からこの職場に勤め出したので、そろそろ5ヶ月になる。

とりあえずは半年を目途にと思っていたが、さてこれからどうすべきか。

新年、そして新年度を迎え、思案のしどころである。

続ける意義はあるか。

続けないとすれば、どういう他の道があるのか。

自分のできることは何なのか。

この年で、そもそも自分のできることなど、あるのか。

だとしても、このまま不安定な身分で、
この職場で働く人々の多くが、
僕にはそう見えるように、
超封建的な社風に恭順を示さねば続けられないというのでは、
自分の尊厳も守れない。

堂々巡りの思考をしていると、また白髪が増えてきそうだ。

次の一手をどうするか。

考えろ。

そして動き出せ。




はじめてのケア会議

参加した15,6名のうち、私を含め男性はわずか3名だった。

医療専門職、サービス提供者(訪問看護、ヘルパー等)、
相談支援専門員、障害者相談センター、いわゆる児童相談所、
保健センター、市障害福祉課等、
様々の立場にある、集ったこれらの人々が連携しながら、
これからサポートしていくことになるのだろう。

無論、私は、ずぶの素人だ。

病棟を出ることが決まった
重症心身障害児を、これから在宅での支援に移行するためのケア会議。

そのお母さんが、在宅に切り替えるにあたっての、
決意、不安、関係者への謝意とお願いを、涙ながらに語った。


帰りがけ、ふと見ると、
とある相談支援専門員の方からいただいた名刺の一番下に、

人間を救うのは、人間だ。 Our world.Your move.

という一文が刷られていた。

(何かの、その道では有名な言葉かもしれないし、そうでないかもしれない)

いい言葉だなと、思った。





寄る年波には勝てない

利用者の離床や移乗介助による腰への負担は、それほど大きくない。

夜勤のときによく腰が痛くなるのは、なぜかなと考えたら、

立ち時間が長いことと、トイレ掃除の中腰姿勢だと思い至った。

トイレ掃除ときたら、なぜか手を抜くことができない性分なのだ。

トイレ自体の数も多いので、夜勤の時は、のべ1.5時間くらいは、
深夜に、ネックウォーマーをして、ゴシゴシやっている。

胸中に去来するは、人生とは何ぞやとの思いだ。

それのしても、
他の職員のみなさんは、ベローンとめくった時の、
この便座の裏の汚れを果たして知っているのだろうか。

視力もガタ落ちし、
そろそろ眼鏡をかけないといけないかなと思い始めた。

悲しいかな、年貢の納め時が来たかなという心境である。






生きる手段としての仕事

今の職場の年齢層を見るに、独身の若い世代と50半ば超の割合が高い。

早期退職等で、この職場に流れてきたという話はよく聞く。

いわゆる空洞化で、働き盛りの世代は少なく、辞めていく人も多い。

僕のような40代半ばの妻子持ちが働くには、

世帯主としての責任を果たすという意味では、

現状、あまり適しているとは言えない。

その点内心忸怩たる思いはある。

もう少し我慢して、時機到来を待つとの心境だ。

(このまま人生が終わるかもしれないが。

これまたせんかたなし。これも人生だ。)

たとえ自己実現ややりがいを生ましめるものでなかったとしても、

糊口を凌ぐための手段としての仕事も、

ここにあり、これがいまの僕の仕事だ。





祝3か月❓人を救うことで自分が救われる

今の職場にきて3ヶ月が過ぎました。

悩ましいのは、ここで働くことが、幸か不幸か微妙な点です。

現時点ではもう少し辛抱して、先を考えようと思っています。

今日は、とある精神障がい者の男性の住む施設を訪れ、
車に同乗し外出等の支援をしました。

いわゆる「同行支援」です。

生来人づきあいが苦手で、口下手であろう僕が、
このような対人の支援をするのも、人生の不思議なめぐり合わせです。

本当は逃げ出したいくらいですが、
これも人生のレッスンだと言い聞かせます。

 …「よくよく振り返ると、
   人を支えてきたつもりが、
   実は、そのことで自分が支えられていた」という事実。

人を支えるという行為が、
巡り巡って、何かに昇華され(知らぬ間に)自分を救うことにつながる。

心理学系か精神医学系か、何の本だったか、
このようなニュアンスのことが書かれていたと思います。

逆説的(反射的)ですが、人を救う(支える)ことが、

結果的に、自分を救うことにつながることが現にあるようです。


気づきにくい視点ですが、

心の虚無や生きづらさを感じる人にとっても、

有用な視点であると思います。






ボス、それはないと僕は思う

今の職場(8月からここで働き始めています)の社風になじめない。

特にボス(組織のトップ)のやり方。

公衆の面前で職員のミスを詰る(なじる)、それを文書化して社内LANに掲示する…。
「Aさんは△△してくれた=評価が高い。

「○○さんは△△できていない。=評価が低い」という具合に。
(○○さんの場合、個人名は伏せられるが、周囲には丸わかりなのだ。)

褒めることも、注意することも普通のことだが、
評価(人事考課)と絡めて、言葉に表すこと、
それをみんなの前で披露すること…

フェアじゃないだろ、それはと思う。
そしてその内容のレベルが低すぎて、悲しくなる。

ボランティアで働いているのわけでもないのに、
出勤時間の何時間も前から仕事をする職員をおおげさに褒めたり…。

台風の影響でやむなく遅刻した職員について、
もう少し余裕をもって出勤するようにと、非難のように、全員の前で話題にしたり。

そもそもこの職場は、
無言の圧力で、フリー残業のような仕事をやらされることが多いようにも感じる。
(決定的に、「勤務時間」の概念が欠落している。)

建設的な「意見」を会議等で発信しようとしても、それをさせない雰囲気がある。
言いたくても、ボスの心証が怖くて、言えないのだ。
こうなると、事なかれ主義や迎合がまかり通る組織になる。

自分の気に入る行動をする職員しか重用しないため、

周囲は「ご機嫌取り」や「YES MAN」しか育たない。

君たちは「喜び組」か! 

ほら、みんな辞めていくわな。

些細なことまで、小姑のように、逐一ボスのOKを求められるので、
息が詰まるし、職員の自主性など育つわけがない。

僕は内心むかっ腹が立っている。

この人は、僕らのような社会の地べたに這って生きる庶民が、
どのような気持ちで働いているのか、わからないのだろう。
想像力と人権意識が欠けているのだ。

権力で、人が動くとでも思っているのだろうか。

だれもあなたの名声を高めるために働いてなんかいない。

自分の評価を高めるためなんかに、僕は働きたくない。

と ほ ほ…。





介護王に道端で遭遇す

昨日、介護王に2年ぶりに遭遇した。

勤務明けと思われるその後姿に、介護王を認めた僕自身が驚いた。

彼とは、
失業中に受講した2年前の介護職員基礎研修で、約5ヶ月間、苦楽を共にした。
同期の受講生の中で、その破天荒ぶりが傑出しており、幾度も度肝を抜かれた。

人を喰ったようなギャグを連発し、
下ネタとセクハラを間一髪ギリギリの線で、笑いに変えたムードメーカーだった。
彼とは年頃(年齢は3つ4つ彼のほうが上)も近かったし、
その危なっかしさに不思議な親近感も覚えていた。

その破天荒が、今では、介護老人保健施設で、
バリバリ働いており、(ちょっとした奇跡)同期の僕としても、うれしいことだ。

夕刻、相談支援業務の一環で訪問したお宅で呼び鈴を鳴らすも、
なかなか出てこないので(居留守かも)、
玄関先から、ふと道路に目をやった時、マジかと思う。

20メートルくらい先を歩くその姿は、普段着に着替え、帰路につく介護王だった。

僕は彼の名を呼び、振り向いた彼と久方ぶりのあいさつを交わした。

「また飲みに行こう!」と。

元気そうで何よりだ。
それにしても、あの場所で、あのタイミング、面白い再会ではある。

お茶目な彼は当時「介護王を目指す!」

介護甲子園に出場して優勝する!」と豪語していた。

あの介護王が、受講終了後にすぐさまこの老健に就職し、2年も辞めずに働いている。

ただそのことに、なんだか感慨を覚える秋の夕暮れだった。


こんにちは、そして、さようなら

気づくと、1日付けで入社した人(30代女性)が、2日には退職していた。

一日働いてみて、自分には無理だと判断されたようだ。
事情はよく知らないが、それもまた一つの決断だ。

障がい者福祉施設や高齢者介護施設の現場が、
まったく初めてという人なら、多少のカルチャーショックもあろう。

新たな環境に順応するまでの心身の耐性や覚悟は幾ばくぞ、

僕も何度も自問してきた。

採用当初は当然のごとく、
正規雇用の社員(正社員)でないという点も、身の処し方に多大の影響を与える。
不安定な身分だと、腰は据わらない。
腰を据えない(据えたくない)という被用者側の自負もある。
そういう僕もまったく同じ境遇だ。

さてさて…
新しい仕事についていこうとするだけで、おっさん的には、必死である。
本を読んだり、映画(DVD)を見たりするゆとりも失っている秋の日であるが。

  『きっと、うまくいく』


レンタル版がでるまであと2か月もあるが、楽しみにしている作品です

新人が毎月のようにやってくる

介護職(福祉系全般を含む)の離職率の高さは言うに及ばないが、

いざその現場に立つと、いっそう実感する。

毎月のように、新しい職員がやってくる。

(といっても、まだこの職場では2か月過ぎたばかりだが

その分、辞めていく人も多いということだ。

人員の入れ替わりが激しく、3年以上続く人間がとても少ない職場である。

低位の勤務条件であることもその理由だろうが、法人自体の風土も大きく影響していると思う。

特に、若い世代は、将来のビジョンが開けないと、続ける理由を探すほうが面倒になろう。

自分もいつまで続くかなとふと思う。

さて今日は入浴支援で、汗をたくさんかいた。

ここは「障がい者支援施設」なので、「老健」とは少し趣が違う。

大量のおしめを

外すことから始まった「老健」での入浴介助が、ずいぶん昔のように感じられる今日この頃だ。



冬蜂の心境が身に沁みる

冬蜂の死にどころなく歩きけり】―村上鬼城

僕の場合、40半ばでの再就職は、まさしくこのような心境である。

意に沿う死に処があればまだ幸運だろう。

生涯見つからないかもしれないし。

すべて自分の選択、決断の結果であり、僕自身の責任だ。
(迷惑をかけっぱなしのすべての身近な人々に、この場を借りて、ごめんなさい

だがこれも現実の人生だ。

先の見えたこの老残の身を引きずって、なんとか前へ進みたい。

さて、やはりおとっつぁんルーキーは疲れます。

本日は久々の日勤であったが、
変則勤務のつけが回ったせいか、朝から睡魔に襲われヘロヘロ。

脱兎のごとく帰路についたのだった。

今夜はシロ吉と早めに寝よう。




FC2カウンター
プロフィール

あぱあぱ

Author:あぱあぱ
アラフィフ ♂
〇社会福祉士取得

apa-apa
ご訪問ありがとうございます!
ブログランキング・にほんブログ村へ
▲一回押してね! おっさんに愛を!
月別アーカイブ